ゾンビとは、ホラー映画における代表的なモンスターである。
死体が何らかの要因で蘇り、生者を襲うという設定は、多くの作品で描かれてきた。
襲われた人間もまたゾンビと化し、やがて世界はゾンビに支配され、破滅へと向かう…この展開は、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。
しかし、ゾンビの概念は映画だけに限られない。
世界各地には、死者が蘇り、生者を脅かすという怪異譚が数多く伝えられている。
今回は各地に伝わる「ゾンビ的怪物」の神話や伝承について解説する。
1. ゾンビ
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画像 : ブードゥーの祭壇(ベナン、2008年)wiki © Dominik Schwarz
まずは基本中の基本から。
ゾンビ(Zombie)とは、アフリカ西部・カリブ海周辺・アメリカ南部などで信仰される「ブードゥー教」に伝わる動く死体のことであり、我々の知るゾンビの原型となった存在である。
映画のゾンビとは異なり、本家本元であるこちらのゾンビは人間を襲わないし、万が一噛まれたとしてもゾンビになることはない。
ブードゥーのゾンビは呪術師に使役される存在であり、主に労働力として農園などで黙々と働かされる。
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画像 : ハイチのゾンビのイラスト wiki FAL
呪術師は墓から死体を掘り起こし、呪文をかける。
すると死体はゾンビと化し、従順な奴隷として呪術師の言いなりになるという。
また、生きている人間に「ゾンビパウダー」という不思議な粉をかけると、その者はまともな思考力を永遠に失い、生きながら死んだ状態、すなわちゾンビと化すそうだ。
一説によると、ゾンビパウダーにはフグ毒として有名な「テトロドトキシン」が含まれており、人間を仮死状態にし、酸欠で脳にダメージを与え、意志のないゾンビのような状態にするのだという。
ゾンビとは犯罪者などに課せられる、ある種の「刑罰」のようなものであったと考えられている。
人間としての全ての尊厳を失い、生きる屍として永遠にこの世をさまよい続けねばならないゾンビは、「こうなりたくなければ真っ当に生きろよ」という見せしめとして、ブードゥー社会で大いに恐れられていたのだ。
ちなみに、ブードゥー信仰が盛んなハイチ共和国では、薬物などを用いてゾンビを作る行為は法律で禁じられている。
2. ハウグブイ
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画像 : ハウグブイ 草の実堂作成(AI)
ハウグブイ(Haugbúi)とは、スカンジナビア半島に伝わるゾンビ的怪物である。
その名は現地の言葉で「塚に住む者」を意味する。
墓地に埋葬された死者、特に王や戦士など力のある者が、ハウグブイに変じると考えられていた。
基本的に地下で眠っている存在であり、一般人に危害を加えることはほとんどないという。
だが、墓荒らしのような不届き者が墓地に侵入してきた場合、ハウグブイは激しく怒り狂う。
そして墓から飛び出し、侵入者を容赦なく惨殺するとされる。
余談だが、かの有名ファンタジー小説『指輪物語』には塚人(Barrow-wight)と呼ばれる、墓場に住まう恐ろしいアンデッドが登場するが、これは、ハウグブイの伝承を参考に創作された怪物ではないかという指摘がある。
さらに、この塚人を元にしたワイト(Wight)と呼ばれるモンスターが、世界初のファンタジーロールプレイングゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ」に登場している。
3. 乾麑子
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画像 : 乾麑子 草の実堂作成(AI)
乾麑子(かんげいし)または乾麂子(かんきし)とは、中国に伝わる動く死体である。
清代の中国の作家・袁枚(1716~1798年)の小説『続子不語』にて、その存在が言及されている。
鉱山で死んだ人間の死体が、土や金属などの「気」を吸収し続けることで、この乾麑子に変じるとのことだ。
鉱山での採掘作業というのは常に危険と隣り合わせであり、落盤や毒ガスなどで、多くの鉱夫が命を落とすのが当たり前となっていた。
ゆえに乾麑子は、あらゆる鉱山に出現し、特に金鉱の多い雲南省に数多く現れたと伝えられている。
乾麑子は寂しがり屋であり、生きている鉱夫に出会うと、非常に喜ぶそうだ。
そして鉱石や宝石の在処を教えてやる代わりに、外へ出してくれとせがむという。
乾麑子は鉱山内部の構造を隅から隅まで知り尽くしており、教えられたとおりに探索すると、間違いなく金銀財宝が手に入る。
しかし、約束通り外へ連れて行ってやると、外気に触れた乾麑子の体は一瞬にして崩れ落ち、ドロドロした水になってしまう。
この水には猛毒が含まれており、触れるのはもちろん臭いを嗅ぐだけでも病に侵され、命を落とすとされる。
そのため鉱夫たちが乾麑子に会った場合、お宝だけをせしめた後、外へは出さず鉱山内で抹殺するのが決まりとなっていたという。
4. ナハツェーラー
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画像 : ナハツェーラー 草の実堂作成(AI)
ナハツェーラー(Nachzehrer)とは、ドイツに伝わるゾンビ的怪物である。
自殺や疫病で死んだ者、正しく埋葬されなかった者などが、ナハツェーラーになると考えられていた。
この怪物も先述のハウグブイのように、普段は地下でじっとして動かないタイプのゾンビである。
最大の特徴として、ナハツェーラーは「自らの衣服を食べる」というものがある。
そうすることで生前親しかった者、特に親族を祟り、不幸や病気に陥れるのだそうだ。
食べる服がなくなると、今度は指などの体の一部を食べ始めるため、祟りが途切れることは中々ないという。
また、ナハツェーラーは墓の外へ出る時、しばしば豚の姿へと変身するとされる。
この姿だと豚らしく俊敏に動くようになり、親族の前に現れて、その生き血を吸うのだそうだ。
参考 : 『幻想世界の住人たちⅢ』『続子不語』他
文 / 草の実堂編集部
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