幕末明治

生きたまま腰から下を狼に喰われた女性たちの末路 【血みどろ芳年】

かつて日本にがいたことは、昔ばなし(遠野物語、ふるやのもり等)で聞いたことがあるかも知れません。

家畜や食糧に対する被害はもちろん、狂犬病などの伝染病を媒介した事などから恐れられたため、狼は江戸時代から明治時代にかけて徹底的に駆除され、大正年間(西暦1912年~1926年)ごろには絶滅したと考えられています。

そんな狼ですが、かつては人間を襲って食い殺し、大きな事件を惹き起こすこともありました。

今回は江戸幕末から明治時代に活躍した浮世絵師・月岡芳年(つきおか よしとし。大蘇芳年)の描いた「郵便報知新聞」第六百二十三号事件(仮称)を紹介。

後世「血みどろ芳年」と呼ばれた彼の筆によって凄惨な情景は、文字通り閲覧注意です。

不審な旅人たち

時はいつの頃か、信州水内郡野尻駅に木賃宿を営む男がおりました。

男の妻は実家に用事ができたというので、重箱に強飯(こわめし)を詰め、着替えと一緒に風呂敷で包んで旅支度。

【血みどろ芳年】

「それじゃ、ちょいと行って来ますよ」これが永の別れとなるのであった(イメージ)

お隣さんの女性と連れ立って出かけていきましたが、その日の夕暮れごろ。三人の旅人がやってきて泊まっていくことになりました。

「夜食を持っているから、この飯を焼きおにぎりにしてくれないか」

差し出された重箱は、我が家のものとそっくりです。しかも旅人らが持っている風呂敷まで我が家のものとそっくりではありませんか。

(これは、まさか……)

疑惑を確かめるため、男は旅人たちが風呂に入ったタイミングを見計らって、彼らの荷物を探ります。

すると、妻とお隣さんの着物が入っており、疑惑は確信に変わります。

(ヤツらめ、道中で家内らを襲ったな。油断しているチャンスを逃さぬように……)

男はさっそく近所の力自慢を集めて三人の身柄を拘束しました。

「この追剥ぎどもめ、家内らはどこにいる!」

「……向こうの沢間(さわあい)で襲い、追って来られぬよう木に縛りつけておいた」

何てこった。あの辺りは狼が出るというのに……男は居ても立ってもいられず、追剥ぎを当局へ突き出すや否や、現場に向かって一目散です。

「無事か……うわっ!」

松明の灯りに照らされた二人は、木に縛られたまま既に絶命。死体を検分してみると、下半身には肉がなく、骨がむき出しになっていました。

「狼に食われちまったんだ……」

逃げることも、身動きさえもできない中で、群がる狼たちに食われるまま苦痛に悶絶したであろう二人。その最期を思うと、人々は胸を痛めずにはいられなかったことでしょう。

虚報か?しかし……

【血みどろ芳年】

画像 : 立ち木に縛られ、狼たちに喰われる二人。大蘇芳年「郵便報知新聞」第六百二十三号

【原文】信州水内郡野尻駅の木賃宿某が妻は親里へ用事ありて重詰の強飯着替杯一包尓し隣家の女を供尓つれて出行しが其日の暮合尓三人の旅客来り宿を求めたるが夜食は持合せたれば之を握り焼て玉はれと差出したれば亭主は炉辺尓持来り開き見るに我家の重箱尓して袱迄も夫なれば大尓疑ひ客が湯尓入たるをり窃尓荷物を披ら記見る尓我妻并尓隣の女か衣類迄入しかば扨は盗賊なりけりと近辺の壮者を集め三人を縛し仔細を糾せば沢間尓て追剥し二人共立木尓括り置た里と白状したれは人々迎として松火をふり立て夜明尓彼所尓至り見れば憐むべし両人とも赤裸尓て立木尓縛られ腰より下尽く骨のみ尓て肉は狼の為尓喰とられたりとぞ

※大蘇芳年「郵便報知新聞」第六百二十三号

【読み下し】信州水内郡野尻駅の木賃宿ナニガシが妻は、親里へ用事ありて重詰の強飯着替など一包にし、隣家の女を供につれて出行しが、その日の暮合に三人の旅客来り宿を求めたるが、夜食は持合せたればこれを握り焼きてたまはれと差出したれば、亭主は炉辺に持来り開き見るに、我家の重箱にして袱(ふろしき)までもそれなれば、大いに疑ひ、客が湯に入たるおり、窃(ひそか)に荷物をひらき見るに、我が妻ならび隣の女が衣類まで入しかば、さては盗賊なりけりと近辺の壮者(わかもの)を集め、三人を縛し仔細を糾せば、沢間にて追剥し、二人とも立木に括り置たりと白状したれは、人々迎として松火(たいまつ)をふり立て、夜明に彼所に至り見れば、憐むべし両人とも赤裸にて立木に縛られ、腰より下尽(ことごと)く骨のみにて肉は狼の為に喰とられたりとぞ。

……以上「郵便報知新聞」が伝える狼事件を紹介してきました。ただし野尻駅は水内郡(みのちぐん。長野県北部)ではなく木曽郡(きそぐん。長野県南西部)の宿場。現代の長野県大桑村に当たります。

また、官憲に突き出されたであろう三人の追剥ぎについても無罪放免のはずがありません。しかしどんな刑罰が下されたのかについての記録はないようです。

そうしたことから、本事件は虚報であるとの説があります。瓦版の延長線みたいな記事でしたが、山路を歩いていて「追剥ぎが出てもおかしくない」「狼に食われてもおかしくない」時代背景から、広く人々に信じられたのでしょう。

ちなみに、現代でも世界では人間が野犬の襲撃を受けて死亡する事案が報告されています。同類の狼についても、決して絵空事ではないようです。

1月21日土曜日、ブカレスト市セクター6のモリイ湖周辺において、ランニング中の女性(40代のルーマニア人女性)が複数の野犬に襲われて死亡する事案が発生いたしました。この数日前にも、ブラショフ周辺で71歳の男性が野犬による被害によって命を落とす事案が発生しています。

※野犬被害にご注意ください|在ルーマニア日本大使館

終わりに

【血みどろ芳年】

画像 : 同事件を描いた別メディア。貞信「日々新聞」第十一号

このように人々から恐れられた狼ですが、やがてその姿が消え去ると、狼を天敵としていた鹿や猪が山林の樹木を食い荒らすようになってしまいました。

今日に至るまで、日本の山林が荒廃している一因として鹿や猪などが増え過ぎたことが挙げられます。

しかし、かつて狼を滅ぼした人類が今度は鹿や猪を根絶やしにすれば、更に生態系が乱れて自然が崩壊へ向かうでしょう。

目の前の不都合だけで安直に何かを排除するよりも、全体的な調和を考えた適切な保全を図る必要がありそうです。

現代日本に狼はいないはずですが、山へ入る時はくれぐれもご注意ください。野生動物にも、不審者にも。

 

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角田晶生(つのだ あきお)

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フリーライター。日本の歴史文化をメインに、時代の行間に血を通わせる文章を心がけております。(ほか不動産・雑学・伝承民俗など)
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