江戸時代

夢想権之助・宮本武蔵を唯一破った剣豪 【警視庁の必須武術 杖術の創始者】

夢想権之助とは

夢想権之助とは

夢想權之助勝吉

生涯無敗の剣豪として知られる宮本武蔵に、唯一黒星をつけたと伝えられている剣豪が、夢想権之助(むそうごんのすけ)である。

現在にも伝わる「神道夢想流杖術」の開祖で、宮本武蔵に勝つために「杖術(じょうじゅつ)」を開眼して剣に対抗した。

夢想権之助の杖術は筑前福岡藩・黒田家の門外不出の武術として伝わり、現代の警察が習得する「逮捕術」の一環として使われている。

剣豪・宮本武蔵に黒星をつけた唯一の男・夢想権之助について追っていく。

兵法天下一夢想権之助

夢想権之助(むそうごんのすけ)は戦国時代から江戸時代初期の人物だ。

生年や没年、素性などは一切明らかになってはいないが、姓は山本で諱は勝吉だとされている。

幼い時から剣術を学び常陸国の「鬼真壁」と称された剣豪・真壁暗夜軒(真壁氏幹)の家臣である、桜井吉勝から「新道流(新當流)」を学んで奥義の「一の太刀」を授けられた。

地元には権之助の相手になる者がいなかったため、江戸に出て他流試合を盛んに行い、一度の不覚を取ることもなかった。

布の背中に金字で「兵法天下一夢想権之助」と書いたものをはおり、門弟8人と諸国を巡る旅に出た。

宮本武蔵との勝負

夢想権之助とは

※江戸時代初期の剣豪。宮本武蔵の肖像画(自画像)

そんな中、慶長10年(1605年)権之助は播州の明石で宮本武蔵と遭遇し「私は武蔵殿の御父上・新免無二斎殿と以前お手合わせを願った者です。武蔵殿は新しい技を工夫したと聞きましたので、ぜひともお手合わせ願いたい」と丁寧な言葉ながら明らかな挑発をした。

最初は断っていた武蔵も、権之助があまりにもしつこく自信たっぷりに誘うので試合を受けた。

権之助は九尺(約270cm)もある筋金入りの木刀を持ち待っていると、武蔵は右手に揚弓・左手に割り木を握って出て来た。

木刀を振り回す権之助を武蔵が軽くあしらっていると、木刀が武蔵の体をかすった。

すると権之助は「勝った!勝った!」と騒いだ。

すると武蔵は調子に乗り過ぎだと怒り「真の当たりとはこのようなものではない」と言うや否や、あっという間に権之助を打ち据えた。

権之助は、武蔵の防御技「十字留め」に押すことも退くことも出来ず、最後に眉間を打たれてしまうという完敗ぷりであった。

杖術と再戦

天下の剣豪に自信を打ち砕かれ、心を入れ替えた権之助は諸国を廻り「打倒武蔵」のために修業に専念した。

数年後、九州の筑前に流れ着き、太宰府天満宮神域に連なる霊峰・宝満山に登り、竈門神社に祈願参籠すること37日、満願の夜に夢の中に童子が現れた。

丸木をもって水月を知れ」という御神託を権之助に授けたという。

権之助は丸い木と水月(みぞおちの周辺)の御神託について考え、三尺二寸の太刀より一尺長くした四尺二寸一分(約128cm)・直径八分(約2.4cm)の樫の丸木を武器とし、みぞおち周辺に打ち込むことを考えた。

槍・薙刀・太刀の三つの武術を融合した「杖術(じょうじゅつ)」を編み出し、武蔵に対抗する技を身に付けた。

夢想権之助とは

杖術を起源として現代にも伝わる杖道

棒術は概ね六尺(約180cm)の棒を使っていたが、権之助の「杖術」は四尺(約120cmほど)でかなり短くした。

「剣術」に対抗するような技を編み出し、剣術・棒術・槍術・薙刀術の技も繰り出せるように工夫した。

権之助の杖術は「突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀、杖はかくにも外れざりけり」と言われた技と、精神面では人を殺さない「疵つけず」という理念があった。

そして武蔵との再戦を果たし、権之助が勝ったとも、引き分けだったとも言われている。

権之助側では「武蔵に勝った」とされているし、武蔵側では「引き分けだった」とされているのだ。

黒田の杖

「武蔵を破った」「武蔵と引き分けた」と評判になった権之助は筑前福岡藩・黒田家に召し抱えられた。

それ以来「神道夢想流杖術」は、福岡藩で藩外不出の御留武術として大政奉還まで継承された。

福岡藩に代々継承された権之助の杖術はやがて「男業」と呼ばれ、足軽武術に組み込まれて「黒田の杖」として他藩に恐れられたという。

警視庁の必須武術

明治維新以降、各師範たちが全国で神道夢想流杖術を広めた。

六十余本の杖の形と、十手術・短剣術・鎖鎌術・短杖術といった併伝武術も伝えた。

昭和の時代になると警視庁に在籍していた神道夢想流杖術の指導者が警杖術を生み出し、警視庁では必須武術として指導されることになった。

夢想権之助とは

警杖を使って東京都公安条例制定反対デモを鎮圧する警視庁予備隊

権之助の理念である「人を疵つけず・殺さず」が警察の「捕縛・制圧」と合致し、警察機動隊の逮捕術にも導入されている。

柔道の創始者・嘉納治五郎も弟子に間合いを習得させるために、講道館に神道夢想流杖術の指導者を招いていたという。

おわりに

夢想権之助は剣聖・塚原卜伝の新當流の奥義「一の太刀」を授けられた剣術の使い手であったが、当時天下一の剣豪と言われた宮本武蔵に挑み、何もできずに完敗した。

お調子者で自信家だった若武者は完全にその高い鼻を折られ「打倒武蔵」のために、対剣術に特化した「杖」に行きついた。

再戦を果たし武蔵に勝利したとされているが、心を入れ替えて修業した杖術は現在の警察の逮捕術の一つとなっている。

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