江戸時代

徳川家が所持した不思議な名刀 【勝ち戦を呼ぶ物吉貞宗、病気を治す大典太光世~他】

「名物」と呼ばれた名刀

100年にも及ぶ戦国時代の最終的覇者となった徳川家康と徳川家には、「名物」と言われる数々の名刀が集まったという。

その中には昨今の日本刀ブームの立役者「刀剣乱舞」で知られる名刀も多数存在し、刀剣女子たちの憧れの的となっている。

今回は、家康が愛した名刀や徳川家伝来の刀剣、家康と妖刀村正の関係など、前編と後編にわたって解説する。

物吉貞宗

徳川家が所持した不思議な名刀

イメージ画像 : 物吉貞宗

物吉貞宗(ものよしさだむね)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて活躍した刀工・貞宗によって作られた刀剣(脇差)である。

「物吉貞宗」という名称の由来には諸説あるが、最も有力なのは家康に数々の勝ち戦をもたらしたためだとされている。

この刀は「差料にするとすべてが思い通りになった」や「物吉(ものよし)と言われるほどの切れ味を誇った」という逸話がある。
それほどの名刀ならば本来徳川将軍家に伝来しそうだが、この刀は代々尾張徳川家に伝来していた。

尾張徳川家初代・徳川義直の生母で家康の側室・お亀の方(相応院)が、この刀が家康に勝ち戦をもたらすのを間近で見ており、家康没後の遺品分与で奔走して手に入れ、代々尾張徳川家に受け継がれたという。

妙純傅持 ソハヤノツルキウツスナリ

徳川家が所持した不思議な名刀

イメージ画像 : 妙純傅持 ソハヤノツルキウツスナリ amazon

妙純傅持 ソハヤノツルキウツスナリ(みょうじゅんでんじ そはやのつるぎうつすなり)は、鎌倉時代の刀工・三池典太光世が作った刀剣で、美濃国の守護代・斎藤妙純が所持し、その後織田信雄のもとに渡り、天正12年頃に信雄から家康に贈られ、家康が最も大事にした1振として知られている。

坂上田村麻呂の聖剣「ソハヤノツルギ」の号をもらった本歌取としての写しとされ、「ソハヤ」は素早いことを表す言葉である。切れ味が鋭く、物を素早く切断する力を備えた刀の賛辞ではないかとされている。

家康は合戦に使用するだけではなく常に手元に所有し、夜は枕刀(まくらがたな)として枕元に用いるほど溺愛したという逸話がある。
刀長は2尺2寸(約66.6cm)で柄長は7寸(約21.2cm)、長さと重さが手頃なため、家康は死の前日でも2・3振はすることができたという。

この刀には他にも逸話がある。

家康は遺言で「西国の大名が謀反することのないように、この刀の切先(きっさき)を西に向けて久能山東照宮へ安置するように」としていた。
するとそれから西国大名の謀反がなくなった。そして幕府が260年以上も続いたことや、徳川家が明治維新後も家系が途絶えることなく現在まで続いているのは、この刀の力も関係しているのではないかとまで言われている。

製作者である三池典太光世の刀剣には「魔を祓う力」が宿っていたと言われている。

獅子王

徳川家が所持した不思議な名刀

画像 : 獅子王 wiki c Kakidai

獅子王(ししおう)は、平安時代に源頼政が妖怪・鵺(ぬえ)を退治した褒美として天皇から下賜されたという逸話がある刀である。

後に家康のもとに渡り、家康から源頼政の子孫・土岐頼次へ与えられて代々土岐家の家宝となった。

明治時代に土岐家から皇室へ献上されている。この刀は刀身が美しいだけではなく付属の外装「黒漆塗糸巻太刀拵(くろうるしぬりいとまきたちごしらえ)」も有名である。

徳川家が所持した不思議な名刀

画像 : 獅子王:黒漆太刀拵 wiki c Ian Armstrong

刃長は2尺5寸5分(約77.3cm)で反り9分(約2.7cm)、同時代のものと比べて全体的に小振りな太刀である。

源頼政が拝領した際は3尺5寸5分(約102.5cm)の大太刀であったという資料もあるが、小太刀として作成されたものではないかという説もある。

江雪左文字

画像 : 江雪左文字 wiki c

江雪左文字(こうせつさもんじ)は、南北朝時代に活躍した名工・左文字が作った刀剣で、北条氏・秀吉・家康に仕えた板部岡江雪斎が家康に献上した将軍家の蔵刀である。

後に家康から紀州徳川家の徳川頼宣へ与えられ、頼宣はこの本刀を帯びて大坂冬の陣・大坂夏の陣に参戦したという。

製作者の左文字は名工と言われる左文字一派の初代で、短刀の製作を得意としていた名工である。

大典太光世

イメージ画像 : 大典太光世 amazon

大典太光世(おおでんたみつよ)は、鎌倉時代の刀工・三池典太光世が作った刀剣で、病人の枕元に置くと「病気が治癒する」と言われた太刀である。

前田利家の四女・豪姫の病気を治したという逸話が有名である。

他にも逸話がある。

前田利常が正室・珠姫の病気を治すため、大典太光世を徳川秀忠から借りて枕元に置くと、みるみる病が良くなった。そして秀忠に太刀を返すとその途端に珠姫の病状は悪化した。
再び太刀を借りて枕元に置くと病が治り、再び秀忠に返却するとまた病状が悪化したという。

そのため秀忠が「もう返さなくて良い」と、利常が拝領したという。

天下五剣」の一つとされ、刀剣女子たちの人気が高い刀剣である。

包永

包永・金象嵌(かねなが・きんぞうがん)は、鎌倉時代中期に活躍した刀工・包永が作った刀剣である。

この刀は徳川四天王の一人・本多忠勝の孫である本多忠刻の愛刀で、後に忠刻の正室となった千姫(秀忠の長女)が形見として将軍家へ持ち帰ったことで、徳川将軍家の蔵刀となった。
5代将軍・綱吉の側用人・松平忠周が拝領し、それ以来上田藩主・藤井松平家の家宝として大切にされたという。

製作者の包永は「手掻派(てがいは)」の祖として知られ、大和国で発展した刀工一派で、室町時代は刀工数が当時最多を誇るほど栄えた。

後編では最も有名な名刀・村正について解説する。

関連記事 : 「徳川家に不幸をもたらした」 妖刀・村正

 

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