西洋史

古代ローマ人の娯楽 コロッセオで行われていた残虐な催し

コロッセオは、イタリアローマの観光地としても有名であり世界遺産である。

ここは古代ローマ時代、民衆の娯楽であった。

だが、現在の人々の感覚ではとても娯楽とは思えないような、とんでもない催し物が行われていたようである。

古代ローマの圧倒的な勢力と技術力、そして文化の一部であったコロッセオについて調べてみた。

コロッセオで行われていた残虐な催し

コロッセオの歴史

コロッセオは、帝政ローマ時代の西暦80年に、ウェスパシアヌス帝、およびティトゥス帝によって造られた円形闘技場である。

英語で競技場を指す colosseum や、コロシアムの語源ともなっている。
当時の正式名称は「フラウィウス円形闘技場」である。

ウェスパシアヌス帝が即位した時代は、ローマ大火(64年)やローマ内戦 (68年-70年)の甚大な被害と皇帝ネロの浪費が重なり、ローマ自体が非常に財政難であった時代であった。

そのような財政難の対策として、コロッセオは庶民の娯楽目的と懐柔のために建設された。

コロッセオが出来る以前の剣闘士の戦いは、木造建築のタウルス円形闘技場や仮設の観客席を設けた物しかなかった。
ここまで大規模な闘技場はローマにはなかったのである。

現在でも見劣りしない建造物

長径187.5m、短径156.5mの楕円形で、面積3357㎡、内部アリーナ86×54、高さは48m。推定5万人から8万7千人の観客を収容できた。
4階建てで、アーチは各層で様式が変えられており、1階はドリス式、2階はイオニア式、3階はコリント式になっている。

天井部分は開放されているが、日除け用の天幕を張る設備があった。皇帝席は直射日光が当たらないように設計されており、また一般の観客席についても1日に20分以上日光が当たらないように工夫がされていた。

円形闘技場に入るアーチは全周で80箇所あり、そのうち皇帝や剣闘士専用のものを除く76のアーチには番号が付されていた。

更に鉄骨を用いていないにもかかわらず地震の多いイタリアで現在も形を保っていられるのは、コロッセオの形が円筒形であり力学的に力が分散する事が要因である。

ローマ水道を引いて闘技場内に水を張り模擬開戦を行ったり、剣闘士や猛獣を地下から移動させるためのエレベーターも設置されている。

コロッセオで行われていた催し物

コロッセオで行われていた残虐な催し

剣闘士

剣闘士になった者は

・奴隷
・戦争捕虜
・志願した市民

であった。

1・猛獣同士の戦い

剣闘士が戦う前に猛獣同士の戦いがあった。熊とライオンなどの大型動物同士の戦いが行われる。

2・人間による獣の狩猟(一部曲芸含む)

鹿を人間が弓矢で狩猟する。騎乗していた馬から雄牛の角に捕まって飛び乗ったりした。

3・野獣と野獣闘士の対戦

ライオン、トラ、クマ、ヒョウなどの大型の猛獣と、訓練した闘士の戦いである。

一対一の戦いであれば訓練した闘士が勝つことが多かったようである。しかし、猛獣が複数であればその限りではない。
闘士だけでなく、重罪人にろくな装備を持たせずに戦わせて公開処刑する方法もあったようである。

4・剣闘士同士の戦い

メインイベントである剣闘士通しの戦いは、実力が同じくらいになるように対戦カードが組まれていた。
最初は木刀のような殺傷能力のほとんどない武器による模擬戦が行われ、その後、刃のついた殺傷能力のある武器による戦いが行われた。

決着は、死亡もしくは降伏であった。

意外と知られていない事であるが敗者は必ず殺されるわけでなく、降伏した剣闘士は助命してもらえる事が多かった。
しかし、時代を経ていくごとに助命はほとんど無くなり、殺されることが多くなっていった。

コロッセオで行われていた残虐な催し

模擬海戦

コロッセオに水を張り、歴史上の有名な海戦を再現した模擬海戦が行われた。
模擬開戦の際の舟のこぎ手や兵士は罪人であった。

この海戦は大規模な公開処刑としての側面があった。なぜならば歴史上の有名な戦いを再現しているのであれば、戦いが開始される前から勝敗がわかっているからである。

勝利側の軍には剣闘士や奴隷、軽犯罪人が配置され、敗北側には重罪人が配置されることがほとんどであった。

時には予想通りに行かない事も想定して、完全装備のローマ軍も待機させていた。

コロッセオで行われていた残虐な催し
海戦の規模は

・クラウディウス帝 52年 船舶数100隻 船員19000人(コロッセオではない)

・ティトゥス帝 サラミスの海戦を再現 80年 船舶数は不明、船員3000人

・ドミティアヌス帝 86年 船舶数不明 船員数不明 この戦いは暴風雨の中行われ観客にも死者が出た。

コロッセオの衰退

ローマ帝国のキリスト教化に伴い、血生臭い剣闘士競技は禁止されたと言われている。

380年、キリスト教が剣闘士および闘技場にかかわる者に対して洗礼を行わない事を宣言したので、剣闘士になりたがる人が激減した。
404年、闘技場で試合を止めるよう呼びかけた修道士テレマクスが観衆の投石を受けて死亡する事件が起き、西ローマ皇帝ホノリウスは闘技場を閉鎖させた。
443年、地震で破損したコロッセオの修復を行ったことを記念する碑文が残されており、地中海西部でのローマ帝国の支配が崩壊した。

6世紀でも修復の記録が残っていることから、古代末期までは競技場として使用されていたと考えられている。

その他の説に、後期は剣闘士の死亡率が高すぎたことや、戦いの内容が過激になりすぎたことで人気がなくなったともいわれている。

さいごに

コロッセオはローマの技術力の粋を集めてできた建造物であるが、そこで行われていたことは残虐な行為であった。

その後、キリスト教の国教化によって剣闘士の試合は野蛮とされ禁止になる。

しかしキリスト教を国教にしたことにより古代ローマの建築技術や上下水道、公衆浴場などの衛生管理のインフラ技術は失われてしまい、15世紀のルネッサンス期までヨーロッパは暗黒時代と呼ばれる時代に入る。

どちらが正しいとは言い切れないのが、こういった事を考えるのも歴史の楽しみ方である。

 

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