思想、哲学、心理学

【中居氏の女性トラブル】なぜ人々は週刊誌(噂話)に熱狂するのか?人類学と脳科学から考える

タレントの中居正広氏(52歳)が、女性とのトラブルをめぐり、9000万円の示談金を支払ったと報じられました。

意に沿わない性的行為があったとされている一方で、本人は暴力を強く否定し「今回のトラブルはすべて私の至らなさによるもの」と公式サイトの謝罪文で表明しています。

法的には示談が成立し決着がついたとみられますが、出演番組の休止や差し替えが目立ち、社会的な注目が続いている状況です。フジテレビ幹部の関与を疑う声に対しては同局が否定コメントを発表し、メディアやSNS上で多くの憶測が飛び交う状況になっています。

このようなニュースが出ると週刊誌やSNSは憶測や噂で盛り上がり、芸能界やスポーツ界など有名人のゴシップはとりわけ大きな反響を呼びがちです。

法的には収束している案件であっても、世間による批判や噂がいつまでも止まらないのはなぜなのか。また同時に、真偽が不明瞭な情報に対して「さらに詳細を知りたい」と感じるのはどうしてなのか。

今回の記事では、人類学(進化人類学)と脳科学の視点から考えてみたいと思います。

人類学から見る噂話の起源と機能

画像 : 狩猟イメージ

人類が狩猟採集生活を営んでいた時代は、30~50人ほどの小さな集団(バンド)で暮らしていたと考えられています。

人数が少ない共同体では、仲間同士の協力がなければ日常的な危険(外敵や飢餓)を乗り越えられなかったため、集団内部の絆と秩序を保つことは死活問題でした。

しかし集団の内部に危険人物やフリーライダー(他者に負担だけを押しつけ、利益を得ようとする個体)が現れると、全体の生存率が下がるため、問題のある人物を排除する手段が必要とされます。

協力関係が崩壊してしまうと別の捕食者に襲われたり、獲物が得られなくなったりする恐れが高まるからです。

ただし正面から批判すると、当事者間で暴力的な衝突が起こるリスクが上昇します。

そこで人類が採用した方法が、陰口や噂話という間接的な情報伝達による排除でした。不正行為を行った人物を「監視」し、その情報をひそかに広めれば、直接対決を避けながらも集団の秩序を維持できます。
不正行為を仲間内で共有することで、正直に振る舞うほうが得策だと考える個人が増え、共同体が安定するという仕組みです。

現代は法制度や生活環境が当時とは大きく異なりますが、数万年にわたって培われてきた社会的な監視・排除のシステムは脳の奥深くに残っていると考えられるでしょう。

週刊誌のゴシップやSNSでの炎上が過熱する現象には、太古から受け継がれてきた「噂による逸脱者の排除」という心理が関係しているとも言われています。

脳科学から見るスキャンダルの魅力

噂話やスキャンダルへの関心が尽きないのは、脳の報酬系が深く関わっているとされます。

脳内の報酬系は、食欲や性欲といった生存に欠かせない行動を促進する一方「社会的報酬」にも反応するという特性を持っています。

他者の不祥事や恥ずかしい失敗を目撃することで、ある種の安心感や優越感を得るメカニズムが働くのです。

たとえば上位の存在として憧れの対象になっていた有名人が失墜すると「自分との比較で感じていた劣等感が緩和される」という効果があります。

心理学的には「下方比較」と呼ばれ、他者のレベルが下がったように映ると、自分が相対的に高い位置へ引き上げられたように感じるのです。
このような「自尊心の回復」が、ゴシップ記事の閲覧やスキャンダル追跡に対するモチベーションを強化すると推測されます。

さらに脳は「正義の行使」を肯定的に捉える傾向があるとも言われます。社会規範を破る人物を見つけたときに制裁を加えると、脳内でドーパミンが分泌されやすく快感に近い感情を呼び起こすのです。

フリーライダーや危険人物を速やかに排除するために発達した「人類の適応」から生じたと言えるでしょう。

SNSをはじめとするメディアの台頭により「暴かれた不祥事への糾弾」が過熱しやすい環境にあるとも言えます。

「悪は許さない」という大義名分のもと、人々は「粛清の遂行」に快感を覚え、その陶酔が誹謗中傷や炎上を加速させるケースが後を絶ちません。

今後の展望

著名人のスキャンダルに対して多くの人が強い関心を示すのは、人類学的には「共同体の安全を守るための監視と排除」という長い歴史が背景にあり、脳科学的には「他者の失敗や不祥事から得られる快感」が関係していると考えられます。

今回報道されている中居氏の女性トラブルは、示談が成立し、当人が謝罪と再発防止を誓ったことで法的には解決しているように見えます。しかし世間の関心が完全に消えるまでには時間がかかるかもしれません。

「正義」と「噂話」の起源をたどると、長い進化の過程で噂が果たしてきた役割と、脳が報酬(正義)を求めて噂話やスキャンダルを好む仕組みが見えてきます。

人間の心理構造を深く理解することは、無意識のうちに行われる批判や攻撃への加担を防ぐ重要な鍵と言えます。私たちが備える知的好奇心は自然な感情ですが、理性とモラルを適切に用いることで、より健全な判断が可能となります。

SNS社会においては、噂や偏見に流されず冷静に事実を見極める力を養うことが、幸福な人生を送る上で欠かせない能力なのかもしれません。

参考文献:橘玲(2022)『バカと無知』新潮社
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部

村上俊樹

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“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
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