仏さんは、たくさんいらっしゃいます。
大変に畏れ多いことですが、もし仏さんをお偉い順に並べてみると、どうなるでしょう。
第一は、ご本家の「如来」さん。第二は、分家筋にあたる「菩薩」さん。
続いて、本家をお守りする「明王」さんや「天」さん、「羅漢」さんとなります。
こうしてみると、なにやら仏さんの階級のようですが、それぞれに生まれ故郷があり独自の履歴や専門分野を持ち、あらたかな霊験を通して人間世界と深く関わっておられます。
今回は、この中からご本家にあたる「如来」さんについて解説します。
「如来」さんって、どのような仏さん?

画像:釈迦如来坐像/平安時代(東京国立博物館蔵)public domain
「如来」さんは、真如の世界から来て、衆生(しゅじょう)、すなわち生きとし生けるものを救ってくださる仏さんです。
ちなみに「真如」とは、簡単に説明するのが大変難しい言葉ですが、浄土宗での説明によると、偏りや執着がなく、すべてが平等につながり一体となっている悟りの境地であり、煩悩や迷いがない本来の清浄な世界を意味するとされます。
ですから「如来」さんは、そのような「真理」の世界から来て、私たちを救ってくださるのです。
では、次に主な「如来」さんを紹介しましょう。
釈迦を通して示される教えを表わす「釈迦如来」

画像:銅造釈迦如来倚像/国宝(深大寺)public domain
菩提樹の下で悟りを開かれた、仏教の宗祖である人間・釈迦。
その教えを体現している仏さんが「釈迦如来」です。
端正なお顔立ちが特徴で、右肩を露わにした衣をまとっています。
右手の掌(てのひら)を正面に向けて優しく開き、左手は掌を上にして静かに膝に置く。
この手の形を「施無畏印(せむいいん)」「与願印(よがんいん)」と言い、前者は諸々の不安を除き、後者は願いを聞き届けるという、慈悲の心を表しています。
すべての衆生を極楽に導いてくださる「阿弥陀如来」

画像:木造阿弥陀如来坐像(平等院鳳凰堂)public domain
「ナムアミダブツ」のお念仏で知られる、極楽浄土の教主です。
「アミダ」はインドの言葉を音写したもので、「無量」を意味します。
「無量」とは、計り知れないほど大きい・多いということで、人間の分別を超えた絶対的な範囲・時間・智慧を指す概念です。
阿弥陀如来さんは、その大きな慈悲によって、信ずるすべての衆生を極楽に導いてくださる仏さんです。
手の形は「九品印(くほんいん)」と呼ばれ、人差し指・中指・薬指のいずれかと親指で輪をつくっています。
両脇に観音菩薩、勢至(せいし)菩薩を伴っておられるものを三尊と称します。
末法思想に怯えた平安貴族の心をとらえ、数多くの仏像が造られました。
衆生の病苦を除いてくれる「薬師如来」

画像:行基作・薬師座像(新薬師寺)public domain
「薬」の名前が示すとおり、病苦を除いてくれる仏さんです。
この仏さんは、如来になる前、菩薩として修行中に十二の大願を立てられました。
その第六・第七の願には、「病気を治し、身体を健やかにし、豊かな生活を送れるよう導こう」という誓いがあります。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」と、お薬師さんの真言を唱えながら痛いところをさすると、痛みが取れるとも言われます。
手の形はお釈迦さまと同じ場合もありますが、左手に薬壺を載せる姿も多く見られます。
両脇に日光菩薩・月光菩薩を伴ったものを三尊と言います。
仏のなかの仏と言われる「大日如来」

画像:大日如来像/平安時代作・重要文化財(東京国立博物館蔵)
密教における最高位、仏のなかの仏と言われるのが「大日如来」さんです。
そのためか、頭上に宝冠を戴き、身に装身具をまとった、荘厳な姿で表されます。
実は大日如来さんには、知徳を表す「金剛界」と、理徳を表す「胎蔵界」の二つの姿があるのをご存じでしょうか。
手の形は、前者は「知拳印(ちけんいん)」と言い、忍者が呪文を唱えるときに人差指を握る独特の形をしています。
後者は「法界定印(ほうかいじょういん)」と言い、坐禅のときのように両手の掌を上にして親指の先を合わせます。
以上が、主な「如来」さんについての説明です。
読書の皆さんが、お寺で「如来」さんにお会いする機会があれば、この記事を思い出し、敬虔(けいけん)の念をもって向き合っていただければ幸いです。
※参考文献
京都歴史文化研究会(高野晃彰)著 『京都札所めぐり 御朱印を求めて歩く』メイツユニバーサルコンテンツ
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部

























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