一文字の画数が多すぎる(なんと57~58画!)ことで最近有名になった、中華料理のビャンビャン麺(biángbiángmiàn)。
(※)書き方によって字画が増えるのは、之繞の点によります(常用外漢字なので二点之繞の58画が原則のようです)。
名前の由来には諸説あるようで、有力なのは「平たい」ことを意味する(扁扁)の訛りとか、あるいは麺を打つ時の音とか、香りづけとして熱した油を麺にかけた時、その弾ける音(※)とか……中には、あまりの美味さに狂喜乱舞した様子を表した……なんて珍説まで。
(※)それで別名を油潑扯麺(ヨゥポーチェーミェン、yóupō chěmiàn)などとも言うそうです。
で、その「ビャン」を漢字で書くとこうなります【図1】が、何でこんなに詰め込まれたのか、この一文字にどんな意味が込められていたのか、気になるのは筆者だけではないはずです(よね?)。
定説では「ビャンという音を表記するために作られた一種の方言漢字で、別に深い意味はない……訳ではないが、長い歴史のドサクサに紛れ、忘れ去られてしまった(意訳)」との事ですが、その形から意味を類推できる(かも知れない)のが、漢字文化のよいところです(よね?)。
そこで今回は、パッと見ただけで思考停止してしまいそうな「ビャン」の字をじっくりと観察し、組み合わされた部首たちから、漢字の意味を解き明かしていきたいと思います。
お世辞抜きで、馬のようにがっつきたくなる美味さ!?
では、改めてビャンの字を見てみましょう。何だか見ているだけで目がチカチカしてきそうな混雑っぷりですが、書き順で分解していくと、以下の部首に分けられます。
1、穴(あなかんむり)を書いて
2、言(げん)を真下に
3、幺(よう、いとがしら)を2、の両脇に
4、馬(ま)を2、の真下に
5、長(ちょう)を4、の両脇に
6、心(したごころ)をそれらの真下に
7、月(にくづき)を2~5、の左に
8、刀(りっとう)を2~5、の右に
9、之繞(しんにょう)でフィニッシュ
これらの部首の意味を一つずつ調べて、なるべく全体を調和させてみましょう。
1(穴)は文字通り穴を表し、一つの穴にすべてを入れるように、全体をまとめる意味を持たせます。
2(言)も文字通りの言葉ですが、3(幺)は「おさなさ、あどけなさ」を意味し、転じて「嘘偽りなし」を示すそうですから、2+3で「言葉に偽りなし≒お世辞抜きで」という意味が考えられそうです。
4(馬)と5(長)も文字通りですが、5は長くのばした麺の形状として、4は馬のようにがっついて食べる様子(例:牛飲馬食)でしょうか。よっぽど美味いようです。
6もやはり心を表し、五臓六腑に沁みわたる美味さだったものと考えられます。
7は肉で料理の具材を、対となる8は刀(≒包丁)ですが、ビャンビャン麺は基本的に切らないそうですから、切ったのは具材の肉でしょう。
そして9は道やそこを歩くことを意味し、まるで道路のように広くて長い麺の形状を示しているものと考えられますが、5とちょっとかぶるのが気になります(が、よしとしましょう)。
ともあれこれらを総合すると「お世辞抜きで心にしみる美味さ!道路のように広くて長い麺が肉の旨味とよくからんで、馬のようにがっつきたくなる一皿!」……と言ったところでしょうか。
もしかしたら、4~6は「馬で長旅をしてきて、疲れ切った心にしみた」という意味なのかも知れませんね。踊り狂いたくなるのも解る気がします(よね?)。
しかし「ビャンビャン」という擬音で表現される踊りって、果たしてどんなものか、一度見てみたいものです。
咸陽の都へレッツゴー!ビャンの字「覚え唄」
余談ながら、このビャンについて書き方を覚えるのは中国人でも大変みたいで、地元の陝西省では、絵描き唄のように覚える詩が伝わっています。
一点儿冲上天,黄河两道湾,八字大张口,言字往里走,东一“扭”西一“扭”,左一长右一长,中间坐个马大王,心字底月字旁,楔个钉子挂衣裳,坐个车车到咸阳
【意訳】点が一つてっぺんに、湾曲した黄河のほとり、大きく広がる八の字を、言の字が走っていく。東に西に一ひねりずつ、長二つの真ん中に、馬大王(まだいおう)が鎮座する。心の字が一番下、月は左に、右の壁に釘を打って服をかけ、車に乗って咸陽(かんよう)へ向かう……。
日本の感覚なら「穴冠」の一言で片付きそうなところを、点と湾曲した黄河(流域ではよくある光景)と、そこへ向かう道路(八)と表現するセンスが、回りくどいながら興味深いですね。
幺についても、言われてみれば何か(例えば、糸の束とか小麦を練った生地とか)をひねったような形に見えます。
馬大王とは馬頭観音(ばとうかんのん)のことか、あるいは地獄の馬頭(めず)鬼でしょうか。恐らくは道教において信仰されている神様であろうと思われます。
また「右の壁に釘」と言うのは、りっとうの代わりに丁をあてがった異体字で、そこに服をかけて咸陽へドライブしたということは、上着がなくても寒くない季節なのか、あるいは唐辛子をたくさん入れて食べるから、身体があったまるということでしょうか。
ちなみに、咸陽とは陝西省の主要都市(地級市)で、かつて秦王朝の首都として栄えた都市ですから、さぞかし楽しいことが待っていそうです。
「ビャンビャン麺でテンション上げて、咸陽の都でレッツパーリー!」
もしかしたら、そんなノリだったのかも知れません。そう考えると、「右へ左へひとひねり」は曲がりくねった道中のカーブ、「長二つ」は「長い長い道のり」を表し、途中に馬大王を祀る祠があったのかも……と、想像が広がっていきますね。
終わりに
以上、ビャンビャン麺についていろいろ勝手なことを考えてきましたが、そのユーモラスなネーミングが注目されたのか、地元の陝西省だけでなく大陸各地に広がり、そして日本でも楽しめます。
前にセブンイレブンで見つけた時は、流石に踊り狂いこそしませんでしたが、幅広の麺が好きなこともあって、美味しく頂くことが出来ました。
結局、ビャンの字について謎は解明されていませんが、その由来を考えてみるのも楽しいですね、というお話しでした。
※参考文献:
坂本一敏『中国麺食い紀行 全省で食べ歩いた男の記録』一星企画、2001年10月
坂本一敏『誰も知らない中国拉麺之路 日本ラーメンの源流を探る』小学館、2008年12月
この記事へのコメントはありません。