日本の賃金水準が先進国の中で著しく低いことは周知の事実です。
その背景として、以下のような日本特有の経済政策や社会構造があると言えるでしょう。
– 終身雇用制度と年功序列型の賃金体系
日本の多くの企業では、終身雇用制度と年功序列型の賃金体系が長年にわたって維持されてきました。この制度下では、勤続年数に応じて賃金が上昇するため、若年層の賃金は相対的に低く抑えられる傾向にあります。
– 企業内労働組合の存在
日本の労働組合は、欧米諸国のような産業別組合ではなく、企業内組合が主流です。企業内組合は、企業の存続と発展を重視する傾向があるため、賃上げ要求が抑制される傾向にあります。
– 非正規雇用の増加
1990年代以降、パートタイム労働者や派遣労働者などの非正規雇用が増加しています。非正規雇用者の賃金は正社員と比べて低く、この増加が全体の賃金水準を押し下げる要因となっています。
これらの要素が複合的に作用することで、日本の賃金水準は先進国の中で相対的に低い水準にとどまっていると考えられます。ただし近年では、終身雇用制度の動揺や非正規雇用の増加など、日本の雇用システムは変化の過程にあります
今回の記事では、効率性と平等性のバランスという視点から、日本の賃金水準が低い理由を考察していきたいと思います。
日本の「鎖国」的政策
貿易障壁の設定、外国資本の規制、国内産業の保護政策など、日本は長年にわたり保護主義的な経済政策を取ってきました。これらの政策は国内の雇用を守る一方で、競争力の欠如による企業の効率性や生産性の向上を阻害してきたと指摘されています
日本企業は安定した国内市場に安心してしまい、合理化や技術革新へのインセンティブを失っていた面があります。その一方、雇用の安定を重視したのです。仕事を多くの人で分かち合うことで、社会の平等性を維持してきたとも言えます。
この「鎖国」的政策は、日本社会の安定には一定の貢献をしましたが、グローバル経済における競争力の低下を招く結果になりました。
グローバル化における日本の立ち位置
欧米諸国や韓国などは自由貿易協定(FTA)を積極的に結び、世界経済との競争にさらされる中、日本企業の国際競争力は相対的に低下してきました。グローバル化の波に乗り遅れた日本は、世界市場でのプレゼンス(存在感)を失ってしまったのです。
「失われた20年」とも呼ばれる長期的な経済の停滞は、日本経済の構造的な問題を浮き彫りにしました。
– 効率性や生産性を犠牲にしても雇用を維持する。
– 競争力が落ちて経済が停滞したとしても、みんなで平等に少しずつ貧しくなる。
この考え方がまさに日本型システムですが、近年になってその限界が露呈されてきたのです。
効率性と平等性のバランス
日本の経済政策は、雇用の安定と社会の平等性を重視してきました。終身雇用と年功序列に代表される日本型雇用システムは、従業員の忠誠心を高め、社会の安定に寄与してきた面があります。
その結果として日本では、欧米のような極端な貧富の格差や失業者の増大は避けられてきました。
ホームレスが街にあふれたり、イスラム過激派に取り込まれた貧困層の若者がテロ行為に走るといった社会不安が、欧米の一部では見られますが、日本はそこまでの状況には至っていません。
しかしグローバル競争が激化する中で、この日本型システムは非効率であるとの指摘が多いのも事実です。成果主義の導入や雇用の流動化など、効率性を重視する動きも一部の企業では見られるようになっています。
ただし効率性を追求するあまり、格差の拡大や社会の不安定化を招くことは避けなければなりません。
日本社会の強みでもある平等性や安定性を維持しつつ、いかに効率性を高めていくかが、現在問われている課題です。
日本経済の課題と展望
人口減少と高齢化、グローバル競争の激化など、日本経済は構造的な課題に直面しています。これらの課題を乗り越えるためには、効率性と平等性のバランスを取りつつ、イノベーションを促進していく必要があります。
教育や研究開発への投資、規制改革、労働市場の流動化などが求められていますが、また同時に格差の是正や社会保障の充実、ベーシックインカムの導入など、セーフティネットの整備も欠かすことはできません。
日本型システムの長所を生かしつつ、時代に合った形で変革していくことが、持続可能な経済社会の構築につながるのではないでしょうか。
合理性を追求することは正しいのか
日本の賃金水準の低さは、日本独自の経済政策や社会構造に起因する部分が大きいでしょう。効率性を犠牲にして平等性を重視してきた日本型システムは、社会の安定には一定の貢献をしてきましたが、今や限界に直面しています。
グローバル化の中で日本経済が持続的に成長していくためには、効率性と平等性のバランスを確保しつつ、構造改革を進めていく必要があります。日本の強みを生かしながら、新たな経済社会モデルを構築していくことが求められているのです。
合理性や生産性を追求することは重要ですが、それが社会の分断や不安定化を招いては本末転倒です。
一人ひとりが効率性と平等性の意味を問い直し、将来に向けた社会の在り方を模索していくことが、今の日本に求められているのではないでしょうか。
参考文献:成田悠輔(2022)『22世紀の民主主義 − 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』SBクリエイティブ
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