愛すべき男 張飛益徳
三国志屈指の武勇を誇る男としてその名を知られる張飛益徳(翼徳は演義の設定)は、ゲームのステータスに於いて高い武力を誇る反面、知力の低い「脳筋」キャラとして親しまれている。
演義では戦場で見せる活躍と酒絡みの失敗によるギャップが「人間味ある愛すべき猛将」としてのキャラ付けに一役買っているが、蜀攻め以降は酒好きという自分のイメージを逆手に取った作戦で敵を撃破するなど、知略も持った頼もしい武将に成長する。
一方、正史の張飛は関羽同様大した記述がなく、ドラマなどで見せる大半が演義による脚色である事が分かる。(但し、正史の活躍を演義で膨らませているところもあるため全く活躍していない訳ではない)
今回は、愛すべき脳筋から知略も兼ねた名将へと成長した張飛の実像に迫る。
イメージによって作られた張飛像
正史の張飛伝に目を通すと、劉備と同郷で旗揚げから自身が死ぬまで劉備一筋だった。
長坂の戦いで橋の上に仁王立ちして曹操軍を追い払った。
益州侵攻で活躍し、漢中の戦いでも張郃を破っている。
日頃の部下に対する扱いが酷く恨みを買って殺された。
というのが大まかな流れで、意外にも正史では張飛の酒に関するエピソードは見られない。(部下から恨まれていた「張飛は現代の言葉でいうパワハラ上司だった」という言葉をヒントに酒乱設定が作られたものと考える)
パワハラ=酒癖が悪いというのも勝手な思い込みのようにも感じるが、張飛の酒好きというイメージは正史の記述が乏しいからこそ新たな設定が作られる演義の得意パターンによって生まれたものである。
孫権のように酒の席で毎度のように暴れていたという記述はないが、演義では酒絡みの失敗が多く、文武両道だった関羽とは真逆の設定になっている。
(後半は大きな成長を見せているが)関羽との差別化に加え、張飛のキャラを立たせるためとはいえ粗暴で酒好きというイメージによって、ゲームの『三國志』シリーズで知力が低く設定されているのはやや気の毒である。
実は演義でも少ない張飛の酒による失敗
正史では大した記述が書かれていないため「万人敵」と評された武勇(繰り返すが関羽ともども特筆すべき活躍はしていない)と、パワハラ上司だった事が災いして部下に殺されたという事実から「張飛翼徳」というキャラクターが生まれた訳だが、まずは初期の張飛で有名な酒の失敗を紹介する。
袁術攻めに向かった劉備と関羽から城を任された張飛は、日頃の酒癖の悪さを心配した劉備からの酒を飲むなという命令に従って自らに禁酒令を課す。
それ自体は立派な心掛けのように見えるが、酒好き(という設定)の張飛に我慢が出来るはずがなく、案の定酒を飲んでしまう。
挙げ句の果てには一緒に飲めと無理強いをしてそれを咎めた曹豹に暴行してしまう。(酒が絡んでいたかはさておき、張飛と曹豹が揉めた事が呂布に城を奪われるきっかけになった事は正史にも書かれている)
張飛に強い恨みを抱いた曹豹は婿(娘が側室)の呂布を呼び寄せて城を襲わせる。
泥酔した張飛にまともに戦えるはずがなく、あえなく城を奪われてしまう。(但し、全ての元凶である曹豹は討ち取っている)
劉備と関羽に自分が泥酔したせいで城を奪われた事を伝えると、張飛は死んで責任を取ろうとするが、二人に止められて失態の分は武功で返すと約束する。
演義の創作とはいえ三人の関わりの強さを見せる名場面だが、泥酔しているところを范彊と張達によって殺される最期を除けば、演義でも張飛の酒による失敗は(意外にも)この一回しかない。
スポーツニュースのハイライトでスター選手の失敗がむしろ大きく報道されるのと同じ理屈なのだろうが、ドラマなど目に見える映像では酒の席で誰よりも楽しそうにしている張飛の姿を見るともっと酒絡みの失敗をしているイメージがあるから不思議である。
酒を使った作戦で勝利に導く
酒好きの脳筋というイメージが強い張飛だが、中盤以降は自身の酒好きというイメージを逆手に取った作戦を得意とする名将へと成長している。
劉備の蜀攻めに従軍していた龐統が戦死すると、張飛は増援として蜀に向かう事になる。
蜀は厳顔が守っており、歴戦の名将による徹底抗戦に張飛は苦戦する。
正史では張飛が厳顔を生け捕りにしたとしか書かれていないが、演義では想像を膨らませた張飛の作戦が描かれている。
張飛は、自分が酒好きである事を利用してわざと酔ったふりをして部下を殴り、その部下に偽の情報を持たせて厳顔の陣営に送り込む。
張飛の酒癖の悪さを知っている厳顔は、その部下の投降が作戦であるとは夢にも思わず、部下から聞いた張飛の進行ルートに先回りして待ち伏せするが、それこそが張飛の罠であり、見事に厳顔を生け捕りにする。
寡兵でありながら降伏しなかった事を張飛に問われた厳顔は「蜀には討ち死にする武将はいても降伏する武将はいない」と答える。
それを聞いた張飛は厳顔に感服すると、縄を解いて解放する。
一方の厳顔も張飛の態度を見て名将と認めると、自身の言葉を撤回して張飛に降伏する。
粗暴だった張飛が武将としても人間としても大きく成長している事が分かる名場面だが、張飛は漢中の戦いでも魏の名将である張郃を同じく酒で油断したと思わせる作戦を使って誘い出してから撃退しており、完全に「脳筋」からは卒業している。
但し、これも演義の創作であり、正史には「215年に張郃と夏侯淵を撃破した」というアバウトな内容しか書かれていない。
序盤の脳筋武将として大暴れする張飛と、中盤以降の武将として大きく成長した反面、派手な活躍のなくなった張飛のどちらが好みかは人に分かれるが、一人の武将の成長を楽しめる反面、いい意味で尖っていた張飛の魅力が失われたように感じるのも興味深い。
張飛の急成長の秘密
演義では武将として大きな成長を見せる張飛だが、正史の記述が乏しいため教養のレベルは分からない。
ただ、最前線で戦い続けた経験と、戦場で磨いた「勘」がトップクラスだったのは事実であり、それが後年の活躍に繋がっていた事は間違いない。
関羽の仇討ちとして劉備とともに呉に攻め込む前に無念の死を遂げた張飛だが、最終的に大敗した夷陵の戦いに参戦していたらどうなっていたのだろうか。
文武両道の頼れる武将となった張飛の「集大成」を見たかったという声は多い。
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