「ええい!ひかえひかえ!ここにおわす方をどなたと心得る!恐れ多くも前(さき)の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」
時代劇ドラマ「水戸黄門」のクライマックスで、助さん格さんが徳川家の家紋「葵の御紋」が描かれた印籠を、悪人たちにかざして大見えを切る場面は有名です。
隠居した水戸光圀が日本各地を漫遊して、悪人たちを懲らしめて世直しを行う…そんなストーリーから「水戸黄門は正義感が強い好々爺」というイメージを持っている人が多いでしょう。
しかし、実際は私たちがドラマで思い描いた黄門様とは、かなりかけ離れた人物だったようです。
今回の記事では、本当は怖い水戸黄門の真実に迫っていきます。
徳川光圀の生い立ち
徳川光圀(とくがわ みつくに)は、水戸黄門(みとこうもん)としても知れられる水戸藩の2代当主。
水戸とは水戸藩、徳川御三家の一つのことで、光圀は江戸幕府を開いた徳川家康の孫にあたる人物です。
1661年、父が水戸城で亡くなり、水戸藩の家督を継ぐことになります。
水戸光圀は、当時風習になっていた家臣の殉死を禁じたり、水戸で新鮮な水が飲めるように水道工事を行ったり、多すぎる寺を減らす寺社改革を行ったりと、藩内の改革を行いました。
兄とのお世継ぎ問題でグレた?不良少年だった光圀
水戸光圀は幼少期に兄を差し置いて「お世継ぎ」になったことに対して、非常に後ろめたさを感じていたと言われています。
そして兄との複雑な関係を拗らせた結果、素行の悪い不良少年へとなり下がります。
勉強をせず、当時流行していた三味線を弾いたり、派手な格好を好んで、品のない話ばかりしていたようです。
また、江戸に住んでいた間は吉原の遊郭へ頻繫に出入りしていたと言われており、かなりやんちゃだったことが分かります。
光圀の怖すぎる武勇伝 「辻斬り」とは
『玄桐筆記』という書物には、驚くようなエピソードが記載されています。
なんと光圀が若いころ「辻斬り」をしていたという、恐ろしげな逸話が残っているのです。
辻斬りとは、街中などで突然通行人を切る行為です。
辻斬りを行う理由としては、新しい刀の切れ味を確認するためや、憂さ晴らしや金品強奪、自身の腕を試すなどさまざまな理由がありました。
光圀が知人の武士と出かけ、歩き疲れて浅草あたりの仏堂で一休みしていると、その知人は「この堂の床下に非人どもが寝ているようだ。引っ張り出して刀の試し斬りをしよう」と、誘ってきました。
光圀は一度は断わりましたが、その知人に「臆病風に吹かれたのか?」と言われたことで、命乞いをする非人たちを切り捨てたのです。
そして光圀は、その知人に対し「あなたがそんな人間だったとは知らなかった。これまで付き合っていたことが悔やまれる」と、付き合いを断ちました。
現代の私たちからすると信じられないようなエピソードですが、戦国時代から江戸時代初期にかけてよく見られた行為でした。
1602年、徳川家により辻斬りは死罪相当の罪になっています。
しかし光圀が若いころの江戸時代初期では、まだこの風潮は残っており、辻斬りは横行していたようです。
ちなみに、この逸話を記した『玄桐筆記』は、徳川光圀に京都から招かれてお抱えの医師となった、井上玄桐(げんどう) による光圀の言行録で、基本的には光圀を褒めたたえる書です。
つまり著者の井上玄桐は、この出来事を「さすが我らが名君!」とよいしょして美談として扱っているわけです。
辻斬りはもともとは民族儀式だった!?
もともと辻斬りは、中世日本では一種の民族的儀式だったと言われています。
とはいえ、もちろん儀式として街中で人を切り倒していたわけではありません。
辻斬りは文字通り「辻」を「切る」と書きます。
村の入り口である4つの「辻」から侵入してくる悪霊や鬼などを退散させるために、しめ縄などを張り遮断していたのが始まりです。
その後、「よそ者」や「悪人」を撃退する、という意味に転じて、村や荘園を警備する武士たちが、侵入者を追い払ったり退治する行為へと変わります。
やがて「武士には人を切る権限がある」という意識が成長してしまい、先述した「辻斬り」へと変わっていったとされています。
おわりに
若い頃の光圀は、水戸黄門のイメージとはかけ離れた人物でした。
そもそも時代劇「水戸黄門」は「水戸黄門漫遊記」という幕末の講談で作られたフィクションで、水戸光圀が日本各地を漫遊をしたり、ドラマのように悪人と戦ったという事実もありません。
光圀は若い頃はやんちゃでしたが、29歳になった年に歴史書「大日本史」の編纂に取り掛かっています。
大日本史とは、神武初代天皇から後小松100代天皇の世をまとめた歴史書で、光圀の死後も水戸藩の事業として二百数十年継続して明治時代に完成し、質の高い史料とされています。
日本史の新事実70 著:浮世博史
お江戸でござる 監修:杉浦日向子 構成:深笛義也
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