西洋史

ローマ帝国を滅亡に導いたキリスト教

古代ローマは紀元前8世紀の建国から、1000年以上にわたって存続した大帝国でした。

しかし3世紀末から4世紀にかけて、ローマ帝国は内外の危機に見舞われます。

395年には東西分裂し、西ローマ帝国は476年に滅亡しました。

ローマ帝国崩壊の原因には様々な説がありますが、キリスト教の影響が大きかったと指摘されています。キリスト教はローマの伝統を否定し、帝国の精神的基盤を破壊したからです。

今回の記事では、ローマ帝国の興亡過程を概観します。キリスト教がローマのアイデンティティを喪失させたこと、また帝国の崩壊を導いた要因を考察したいと思います。

カエサルの登場と改革の挫折

古代ローマが「内乱の1世紀」に突入した時、新しい秩序を打ち立てる開拓者としてカエサルが登場しました。

しかしカエサルは、旧来の共和政派の元老院から激しい抵抗を受けます。元老院はカエサルの権力集中を恐れたため、ついにカエサルはブルートゥスらに暗殺されてしまったのです。ブルートゥスたちの背後には、元老院など保守派の存在があったことが指摘されています

カエサルはローマの混乱を収拾し、新しい方向性を示そうとした改革者でした。しかし旧勢力は改革を阻止し、現状維持を図ろうと徹底抗戦します。残念ながらカエサルは旧秩序の抵抗によって、その命を落とすことになってしまったのです。

アウグストゥスによる新旧秩序の融合

ローマ帝国を滅亡に導いたキリスト教

画像:「パクス・ロマーナ」を演出したアウグストゥス public domain

カエサルは新秩序の開拓者として期待されましたが、旧勢力との対立で暗殺されるという悲劇的な結末を迎えました。

カエサル亡きあと、後継者としてアウグストゥスが現れます。

アウグストゥスはカエサルとは異なり旧秩序を完全に排除するのではなく、バランス良く取り込むことで新旧の融合を図ろうとしました。

たとえばアウグストゥスは形式的には共和政を維持し、元老院の地位を保障しました。これにより元老院の支持を取り付けることに成功しました。

また皇帝という地位を避け、あくまで共和国の最高軍司令官(インペラトール)を称したことも、旧勢力への配慮の表れでした。

このようにアウグストゥスは旧秩序の支持を得つつ、実質的には新しい帝政を樹立しました。新旧のバランスを取ることで、ローマ帝国の基礎を固めたと言えるでしょう。

社会問題の蓄積と深刻化

アウグストゥスによって、政治的にはある程度の安定が取り戻されましたが、ローマ社会の根本的な問題はまったく解決されていませんでした。

前期ローマ(共和政)で広がった貧富の差は依然として存在し、大土地経営(ラティフンディウム)による自営農の経済的破綻と平民の没落は止まりませんでした。社会の底辺に位置する人々の絶望は深刻なままです。

政府は救済策を講じることもなく、食糧や娯楽(パンとサーカス)の提供で不満を一時的に抑えているだけで、民衆の絶望は募る一方でした。

根本的な社会問題が放置された結果、ローマ社会には絶望的な状況が蔓延することになったのです。

ローマ精神の喪失と新興宗教(キリスト教)の台頭

社会の絶望感が高まる中で人々は現世での救いを求めず、来世への希望を新興宗教に託すようになります。

当時ローマ社会で広まったキリスト教は、「この世での苦しみは一時的で、死後に神の国で救いが得られる」と説きました。

絶望的な現状からの解放を約束するキリスト教は、ローマで苦しむ民衆を中心に瞬く間に広まっていきます。他にも様々な異民族の宗教がローマに流入し、現実を逃避して来世への希望を喧伝したのです。

ローマ帝国を滅亡に導いたキリスト教

イメージ画像:貧富の格差で苦しむローマ市民の心を捉えたキリスト教

当時のローマ社会が新興宗教ブームになった背景には、現世に失望した多くのローマ市民がいたためです。

ローマ帝国の根底には「勤勉で実直な市民精神、家族愛、祖国愛」など、伝統的な価値観を示す「ローマ精神」がありました。

ところがキリスト教は来世を重視する教義であるため、ローマの伝統とは相容れないものがあり、キリスト教が台頭するに連れてローマ精神は徐々に失われていきます。

キリスト教は新しい価値観を提供しましたが、ローマ人のアイデンティティは揺らぎ、帝国の精神的統一性は崩れたのです。

ローマ精神の消失は、帝国の存続を揺るがす結果となります。

傭兵軍団の反乱と帝国の崩壊

イメージ画像:「軍人皇帝時代」は、傭兵たちに擁立される形で、傭兵のリーダーが皇帝が即位した時代である。

ローマ帝国は長期にわたって「戦争による領土拡大=膨張」を続けてきました。そのため奴隷制による大土地経営(ラティフンディウム)など、膨張を前提とした社会システムが発達してきました。

しかし戦争による領土拡大が止まった瞬間から、今までのシステムに依存していた社会が機能不全を起こし始めます。膨張が止まると奴隷の流入が途絶え、ラティフンディウムの経営は急速に悪化し、国家財政も逼迫していきます。

ラティフンディウムで得られる収益は傭兵軍団の給与に充てられていたため、経営が悪化すると傭兵への支払いが滞るようになります。

給与が得られない傭兵たちはローマ帝国に反旗を翻すようになり、傭兵軍団の反乱が各地で頻発しました。

そしてローマ帝国は、傭兵たちが擁立した軍人が皇帝を務める「軍人皇帝時代」を経て、ローマの秩序は完全に崩壊していきます。

ゲルマン民族によるローマ帝国への侵入にきちんと対抗できず、ついには395年、ローマ帝国は東西に分割されます。そして476年にはゲルマン人傭兵隊長のオドアケルによって、西ローマ帝国は滅亡しました。

古代ローマ1000年の歴史に終止符が打たれたのです。

参考文献:神野正史(2020)『「覇権」で読み解けば世界史がわかる』祥伝社

 

村上俊樹

村上俊樹

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“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
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