事実とは限らない記憶 虚偽記憶
「虚偽記憶」とは現実には経験していない事象を、あたかも経験したかのように思い込んでしまった記憶の事を指す言葉です。
この「虚偽記憶」の概念は、アメリカの認知心理学者・エリザベス・ロフタスの研究で公に認知されるようになったものですが、きっかけとなったのが当時のアメリカで多発していた、幼少期の性的虐待で親を訴える裁判の多発でした。
これは1980年以後にアメリカのセラピストや心理カウンセラーなどが行った催眠療法によって、幼少の頃に性的虐待を受けた「記憶」を取り戻したとする女性が、その「記憶」を基に性的虐待を事実として主張するという、ある種の社会現象と言えるほど当時のアメリカ社会で広がりを見せた事象でした。
結果、ロフタスの研究によって被害者の訴える「記憶」というものが、必ずしも事実ではないという事が司法の場において明らかにされることになったのですが、アメリカという社会が抱える病理を象徴するものともいえました。
ショッピングモールの迷子
ロフタスは人間の「記憶」が無かったことですら事実と認識してしまうほど、不正確であることを実験で証明しました。
その実験は「ショッピングモールの迷子」と称されるもので、被験者に対して、その被験者の幼少の頃の事実に加えて「ショッピングモールで迷子になった」という虚偽の体験を混入させたところ、それを25%の被験者が事実と誤識したことを示したものでした。
これにより、人の記憶が後天的・人為的に改竄することが可能であることが司法の場においても明らかにされたのです。
スピリチュアルと訴訟社会
そもそも「虚偽記憶」に突き当たったアメリカの社会には、1980年代以降の精神世界・スピリチュアルな分野の隆盛が背景にありました。
未だ不明確なことの多い精神領域の病理において、ある種の判り易いニーズ、何が原因なのかを心理的に解明して納得したいと思う願望がバイアスを与えていたと考えられます。
但し、実際の忌まわしい性的虐待事件も発生していた社会情勢もあり、そうした領域に自己の不調の原因を当てはめたいと考える近代社会の歪んだ欲求と、訴訟社会であるアメリカの状況が重なって生み出された事象とも言えました。
虚偽記憶の認知と異論
1990年代に入るとロフタスの研究を受けて、催眠療法によって虐待の記憶を取り戻したとして起こされた訴訟の大半は、親の側に有利な判決が下されるようになっていきました。
そうした中で、そもそも抑圧された「記憶」を取り戻そうと行われる催眠療法自体が疑問視されることになり、21世紀の現在では子が親を訴える性的虐待訴訟も影を潜めて行きました。
但し、今でもロフタスの研究には異論も投げかけられています。
まず性的虐待などのトラウマと、迷子の経験という事象を同列の記憶として論じるのには無理があるとするものです。
続いて、研究結果で25%の被験者に「虚偽記憶」が生じたというものの、裏を返せば75%の人には起こらないというものです。
エイリアンアブダクションも 虚偽記憶
「抑圧された記憶」の是非について、そうした記憶の存在自体はあると考えられるものの、それが事実かどうかを立証する方法は未だ確立されていないのが現状です。
正直なとことろフロイトが唱えた仮説の状態の意のままとも言えます。
興味深いのはこの「虚偽記憶」の概念を用いることで、これまたアメリカで多数報告されている「異星人からの誘拐」(エイリアンアブダクション)も説明できてしまうという点です。
最も有名なアブダクション事件、ヒル夫妻の事件も後の退行催眠によって、失われた時間とそのときに異星人の乗り物の中に拉致されたことを思い出したとされているものであり、一種の「虚偽記憶」と見做すことが出来るという訳です。
宇宙へのロマンはありませんが、現時点ではこの考え方が最もしっくりとくる合理的な解釈と言えるのではないでしょうか。
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