思想、哲学、心理学

【男を破滅させる魔性の女】 ルー・ザロメとは? 「ニーチェが狂った元凶?」

19世紀後半から20世紀初頭に活躍したロシアの女性思想家、ルー・ザロメは、その魅惑的な人格と自由奔放な生き方で「魔性の女」と呼ばれました。

ルー・ザロメとは?

画像:ルー・ザロメ public domain

1861年、ロシアのサンクトペテルブルクに生まれたルー・ザロメは、貴族の家庭で育ちながらも革新的な思想の持ち主として知られていきました。

詩人のリルケ、哲学者のニーチェ、精神分析家のフロイトといった、歴史的な人物と交流があり、彼らを魅了しました。

男性たちはルーに夢中となりましたが、彼女の情熱は早く冷めてしまい、いつも捨てられるのは男性側でした。捨てられた男たちは彼女の影を追い求め、悲劇的な結末を迎えてしまうのです。

今回の記事では、ルー・ザロメの謎に満ちた生涯をたどり、その「魔性」の真相に迫ります。

哲学者ニーチェとの奇妙な三角関係

ルー・ザロメとは?

画像:フリードリヒ・ニーチェ public domain

ルー・ザロメが哲学者フリードリヒ・ニーチェと出会ったのは、1882年のことでした。

当時のルーは21歳、ニーチェは38歳です。17歳の差がありました。

ルーの知性と個性に魅了され、ニーチェは求婚しますが、ルーに拒否されてしまいます。

しかしニーチェは諦めることができませんでした。親友のパウル・レーと一緒に、ルーとの「三位一体」的な共同生活を送ることになりました。3人はイタリアのシラクサで同居生活を始めます。

パウル・レーもまたルーに情熱を注ぎ、求婚しますが断られています。

この不思議な三角関係は、恋愛感情を含みながらも性的関係を持たない、非日常的なものでした。

この時期に、3人は一緒に記念写真を撮影しています。

写真ではルーが荷車に乗り、その前に立つニーチェとパウルをムチで指揮するかのような構図になっています。ルーに支配される男2人の立場が、何とも奇妙に表現された1枚です。

ルー・ザロメとは?

画像:「三位一体」的な共同生活時の3人。ルー(左)、パウル(中央)、ニーチェ(右) public domain

この写真は、ニーチェやザロメの伝記本などで見ることができます。

しかし、この三角関係は長続きしませんでした。

1887年、26歳のルーは41歳の教授アンドレアスと突然結婚したため、3人の関係は破綻してしまったのです。アンドレアスはベルリンの東洋語研究所でペルシア語を教えていました。

ショックを受けたパウル・レーは、このあと神経衰弱に陥り、1901年に谷に落ちて亡くなってしまいます。(事故説や自殺説がある)

一方のニーチェも、ルーへの思いを完全に断ち切ることはできませんでした。

ルー・ザロメとの「三位一体」的な共同生活が終わってから、ニーチェの人生は大きな転機を迎えました。

1889年、ニーチェは精神衰弱の兆候を感じ始め、著作活動も次第に困難になっていきます。

健康が急速に悪化していき、ついには完全な精神崩壊に…。記憶喪失と言語障害に陥り、自らの著作すら認識できなくなってしまったのです。

ニーチェは母親や妹の看護を受けながら、意識が戻ることなく1900年に他界。享年55歳の短い生涯を終えました。

ニーチェの精神が崩壊した原因には、過労や梅毒の感染など諸説あるものの、ルー・ザロメとの別れが精神的ショックとなり、病状を悪化させたのではという見方もあります。

激しい情熱を注いだルーへの未練が、ニーチェの晩年を蝕んでいったのかもしれません。

フロイトとの出会い

ニーチェたちの死は、ルーにとっても大きなショックでした。

この時期のルーは、精神的な苦痛に悩まされるようになります。彼女は精神科医のピレネース博士に相談することになりますが、やがて博士と愛人関係となり妊娠しますが、中絶しています。

そのあとルーはウィーンで開催された国際精神分析学会に参加する機会がありました。この学会でカール・ユングらと交流したルーは、精神分析の父であるジークムント・フロイトにも出会います。

1911年、50歳を過ぎていたルーはフロイトより5歳年長ながら、彼の弟子となりました。ルーは熱心に精神分析の研鑽を積み、フロイトの助手として活動するようになったのです。

ルー・ザロメとは?

画像:ルー・ザロメと師弟関係を築いたフロイト public domain

晩年のルー・ザロメ

ルー・ザロメはフロイトの弟子として、自らも精神分析家として開業します。フロイトの誕生日には、自分の肖像画をプレゼントするなど、師弟関係を大切にしていました。フロイトとは愛人関係に発展しなかったようです。

美貌と知性を併せ持つルーですが、文章家としても優秀で数々の著作を残しています。自分が知り合った男性たち(ニーチェやリルケ、フロイトなど)の評論を書き、精神分析関連の書籍も発表しました。『ルー・ザロメ著作集』も出版されており、日本語訳もあります。

50歳を過ぎてからも強いカリスマ性を放つルーは、年下の男性と数々の浮き名を流しました。

晩年のルーは、家政婦と前夫アンドレアスの間に生まれた娘に見守られつつ、フロイトを助けながら精神分析学に打ち込んでいました。

1937年、ナチス支配下のドイツで他界。76歳でした。

ユダヤ人だったため、多くの蔵書はナチスによって押収されてしまいました。

参考文献:堀川哲(2006)『エピソードで読む西洋哲学史』PHP研究所

 

村上俊樹

村上俊樹

投稿者の記事一覧

“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
Twitter→@Fishs_and_Chips

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 金子みすゞ 【儚き童謡作家】の生涯について調べてみた
  2. 精神疾患・発達障害は危ないのか?犯罪との関係性
  3. 狼に育てられた少女アマラとカマラ
  4. 【2024年は波乱のスタート】 地震、事故…なぜ自然(神)は無慈…
  5. 【弱者のルサンチマン】 ニーチェが教える芸能人スキャンダルの本質…
  6. 【そら豆のせいで死亡】 実は宗教団体の教祖様だったピタゴラスの謎…
  7. サヴァン症候群の能力とは 「異常な聴覚、嗅覚、8000年分のカレ…
  8. 【祖語を蘇らせろ!】 言語のルーツを追い求めた19世紀の「言語学…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

東京駅のホームが足りない理由を調べてみた

東京の玄関口、東京駅。リニア中央新幹線では、始発駅を品川に譲る形となりましたが、その理由には…

最初に世界遺産に登録されたものは何なのか?

世界遺産とは、「顕著な普遍的価値」を有する文化遺産や自然遺産などであり、1972年のユネスコ総会で採…

ビッグモーターとアウシュビッツ 【ヒトラーに従い、ユダヤ人を虐殺したアイヒマンの責任は?】

最低な会社先日の25日、ビッグモーターの社長が会見を開きました。不正請求に関して、組織的…

実は「源氏の嫡流」じゃなかった源頼朝。それでも訴え続けた結果…【鎌倉殿の13人】

「わりといいやつだったな。やはり源氏の嫡流ともなると、言葉に重みがあるわい……」※NHK大河ドラ…

【古代の日中関係】 白村江の戦いで完敗した日本 ~蘇我氏と仏教の台頭

古代日本と中国の関係古代の日本にとって、中国は現代のアメリカ以上に大きな存在でした。…

アーカイブ

PAGE TOP