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日本の夏にかかせない「国産線香花火」の歴史

線香花火

日本の夏にかかせないものと言えば、夜空を彩る花火です。

夏の始まりとともに日本中のあちらこちらで花火大会が催されますね。世界的に見ても日本の花火技術はとても高く、花火大会を見るためだ
けに海外から来る観光客も珍しくないそうですよ。

ところで夜空に咲く大輪の花火もいいけれど、情緒という点で負けていないのが線香花火です。
特に夏の終わり、終わりつつある夏の切ない感じの中で見る線香花火はより一層はかなげで美しく感じます。

子供の頃は誰がいちばん長持ちするかで競争した線香花火、大人になるにつれ密かに心の中で願掛けしながら楽しんでいたりして・・・。
しかしながら現在私たちが楽しんでいる線香花火のほとんどが中国産であるとご存知でしょうか?

日本の夏の象徴である線香花火になぜ国産が少ないのか?
線香花火の歴史とともに調べてみました。

[ikemenres]

花火の歴史

花火が人類の歴史に登場したのは紀元前3世紀、古代中国で狼煙(のろし)として活用されていたものがルーツではないかとされています。

日本の歴史上で記録に残っている一番はじめに花火を見た人物は、かの伊達政宗で天正 17 年(1589年)とされています。
また慶長 18 年(1613 年)に徳川家康が見たのが最初という説も。

どちらにしても長らく火薬=武器であったのが、江戸時代になって平和が続くと火薬=花火へと変わっていったのでした。
この頃の花火の色は赤橙色が中心でした。これは使われていた火薬が黒色火薬のみであったためで、いわゆる「和火(わび)」と呼ばれています。
明治時代になると海外から花火に色を付ける薬剤や金属が入ってきたことから色鮮やかな花火、「洋火(ようび)」が始まり現在も主流とな
っています。

おもちゃ花火の登場

線香花火やねずみ花火に代表されるおもちゃ花火は万治2年(1659年)、 大和の国(現在の奈良県)の花火師・弥兵衛が売り出したのが最初とされ ています。
葦(あし)の中に火薬を詰めたもので、これが新しいもの好きの江戸庶民に爆発的に売れたとか。
ちなみにこの弥兵衛さんは初代の鍵屋であり、1711年に初めて隅田川に打ち上げ花火を挙げた人物でもあります。

線香花火 の歴史

先ほどの花火の歴史の中で触れましたが、線香花火などのおもちゃ花火が一般的になったのは今から300年前の江戸時代です。
江戸時代の俳諧選集「洛陽集」の中に、細い藁(わら)の先に火薬をつけたものを香炉に立てて遊ぶ女性の姿が詠まれています。

このように香炉や火鉢に立てた花火の姿が仏壇に供えた線香の姿に似ていたところから、線香花火と呼ばれるようになったようです。

線香花火の種類

線香花火には2種類あります。

スボ手牡丹 : 葦や藁に火薬をつけたもの、上向きに持つか火鉢などに立てて楽しむ線香花火、上方など関西で主流

長手牡丹 : 火薬をつけた和紙を縒ったもの、下向きに火をつけて楽しむ、江戸など関東で主流

線香花火の昔と今

線香花火の3大産地は三河・北九州・信州です。 これは鉄砲や火薬の生産と関連があるためで、長らくこれら3大産地を中心に日本国内の線香花火は隆盛を極めていました。
ところが昭和50年(1975年)頃から安価な中国製の長手牡丹が大量に国内に出回り始めます。 品質はさておき、縒り手の賃金差から生じる価格の差は圧倒的なもの でした。
ちなみに現在、国産の線香花火は1本60円〜中国産は1本2〜3円です。

このため国内の生産地では昭和60年頃から次々と廃業が相次ぎ、平成10年(1998年)には国内で線香花火を生産するところはわずか1社のみ
となってしまいました。

このままでは国産の線香花火が消えてなくなってしまう。
まさに線香花火の最後の火の玉が落ちる寸前までいったのです。
300年の歴史、江戸時代から続く花火の象徴を失くしてはいけない、ということで老舗の花火問屋さんを中心に結束をし産地に新たな線香花火の生産を呼びかけました。

現在では3社が国産の線香花火の製造を担っています。

山縣商店
筒井時正玩具花火製造所
和火師 佐々木巌(株式会社丸富)

国産の線香花火の魅力

国産線香花火の魅力はなんといっても火花が大きく長持ちするところです。火花も燃焼していく過程で様々な変化を楽しめますし、すぐに火の玉が落ちてがっかりということもありません。

また製品によっては持ち手の和紙を花びらの形にしていたり、花火の入れ物も桐箱や貼箱で意匠を凝らしていたりと、日本人の感性が活か
されています。

中国産に比べると少々お値段が張りますが、それ以上の価値は十分にあります。みんなでワイワイ花火をする時は中国産、しっとりと花火を楽しみたい時は国産、という風に両方を楽しんでみてはいかがでしょうか?

さいごに

かつて物理学者で随筆家の寺田寅彦博士は「線香花火の一本の燃え方 には序破急があり、起承転結があり、詩があり音楽がある」と言いま した。
機会がありましたら国産の線香花火に火をつけてみて下さい。
大人になったからこそ味わえる線香花火の切なさを夏の終わりにいかがですか?

 

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